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2012年2月 アーカイブ

2012年2月 2日

苺のきおく。

苺を食べたくなって、同じ銘柄の違うブランドを2パック買って、
食べ比べした。
苺なんて、ずいぶん久しぶりに買った。

たしか、いつか天使がプレゼントしてくれたっきり。


それからずいぶん長いあいだ、苺を口にしたことがなかった。

苺といえば、小さい頃は実家で苺みるくにして食べるのがお決まりだった。


苺のつぶつぶのスプーンで潰して、お砂糖を混ぜて牛乳をかける。

きょうは、三温糖と豆乳でやったところ、大変美味しかった。


あゆちゃんと、エッセ・ドゥエでランチ。


わたしはここの釜焼きピザがとても好き。


IMG_1446.JPG

2012年2月 5日

小野寺唯さんのリリースパーティでサポートします。

来週2/11(祝)にYui Onoderaさんのリリースパーティーで、
サポートします。

宜しければ、ぜひ遊びにいらしてください。


Air / Night Blossom RELEASE PARTY !
2011年にウェアラバウツ・レコーズよりリリースしたアンビエント/ドローンの秀作2タイトルの合同リリースパーティ !
.naph + Chihei Hatakeyama/AirとThe Beautiful Schizophonic and Yui Onodera/Night Blossomの合同リリースパーティを開催します。
ゲストには、12Kからのリリースでも知られるSawako、DUB-Russellでも活躍中のNoel-Kitが参戦!
The Beautiful Schizophonicの来日がかなわなかったため、Yui Onoderaのセットはアルバムにゲスト参加している神谷泰史(taishi kamiya)とMikoをサポートとして迎え入れてパフォーマンスします。

■日時: 2012年2月11日(土) 開場 18:20 / 開演 19:00
■料金: ご予約 2,000円 当日 2,500円 (ドリンク代別)
■出演: ・naph + Chihei Hatakeyama
・Yui Onodera
(サポート:神谷泰史、Miko、鈴木 真由美、aya)
・Sawako
・Noel-Kit
■主催: ウェアラバウツ・レコーズ
■会場: Forestlimit
東京都渋谷区幡ヶ谷2-8-15 幡ヶ谷K3ビルB1F 
TEL:03-6276-2886
■メール予約: ご予約は、下記メールフォームより
氏名、人数、ご連絡メールアドレス
を明記の上、ご連絡ください。


詳細:


http://whereabouts-records.com/2012live1.htm

2012年2月12日

キャンバス。

白い紙に文字を書く。
                                                                                    

するとその瞬間から、文字が意味を帯びてそこに立ちはだかる。
                                                                                         

それはまるでキャンバスに、絵具をのせるという行為のように。
                                                                                                                           

それから、あなたが言葉を発することもそうだ。
                                                                                   

あなたが、言葉を発する瞬間に、それは意味を帯びる。

                                                                                    
否応なしに帯びてしまう。


                                                                                                                                     

わたしの思考も、わたしの言葉も、わたしの音楽も、

                                                                                     
すべて出てきた瞬間からその存在が生まれてしまう。

                                                                                         
                                           
生むということはとても責任の伴う事だ。


                                                                                                                             
だから、発する・紡ぎだす言葉に、描きだす絵に、

                                                                                             
創りだす作品に、自らの言動に生活に振る舞いに細心の注意を払うべきだ。

                                                                                                                        

なぜならばそれらすべてが、あなたのクリエイションだからだ。


                                                                                                                                                                                                                                                クリエイション。なんてすてきな響きだろう。

                                                                                この世に創造すること以上の喜びが存在するだろうか。
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    
                                                                                わたしは言葉が存在が肉体がいつか消えゆくのを知っている。 

                                                                                                                                                                                                        けれど、創造することを止められないのは、
                                                                                            


それが呼吸と同じものであるからだ。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   

                                                                                                                                                                わたしはあなたの創造したものに敬意をはらう。


                                                                                                                        それは単に作品だけのことを言っているのではない。

                                                                                                                        
あなたの紡ぎだした言葉、あなたの振る舞い、それからあなたの存在そのものが、


                                                                                                                        あまりにも価値のあるクリエイションであるということを言っているのだ。


 

                                                                              
                                                                                


2012年2月18日

浮いているのです。

あるいは わたしは 浮いているのです。
あるいは というのは 地に足をついて歩くということも もちろんできるからです。
浮いているというのは 心のことではありません。
そういう状態のことを いっているのです。
                                                                                       
浮いているのはなにかといえば、
それは 、浮いているのは「家」です。
ここ2312年の東京では、家は浮いているのです。
                                                                                         
これは人類にとっての発明でした。
家は地面に面していないから、
ずいぶん昔わたしたちに壊滅的な被害をもたらした地震への恐怖も軽減したし、
何より定住するということをしなくてもよくなった事で、
わたしたちはいろいろなことから解放されました。
                                                                                                                        
わたしたちは自由に住まうところを選択することができ、
またそれはいつでも移動可能です。                

                                               
国家や政治的イデオロギーという枠組みはずいぶん昔に消えてしまい、
言語はひとつに集約され、(それはとても残念なことですが。)
地球に住んでいるわたしたちはあるひとつの目的や意志のために、
残り少ない生命体として生かされているのです。
                                                                                                                           
ただし、かつての都市としての東京は存在し、機能しています。
300年前と変わらないのは、東京には相対的には未だに多くの人口があり、
文化施設や商業施設が充実し、情報やデザインにおいても未だ最先端の街であることです。


                                                                                      
それは、300年前にすでに、東京という街が世界においても最先端で世界的に見ても稀な独自性を持った街であったことが大きかったように思われます。

                                                                                 

空中の家は、とても住み心地が良いです。
ビルや周辺の建物によって視界を遮れることがない為に、
300年前の都市では感じることが難しかったかも知れない太陽や月や、
肉眼で見ることのできる天体を毎日身近に感じることができるのです。

                                                                                                                           
わたしの家からは遠くに山々が見え、
夕暮れ時にはガラス窓でいっぱいのリビングから、
太陽が沈むのを見るのが何よりも至福の時です。
                                                                                                                        
空中を走るクープと呼ばれるスクーターに乗って、
夕陽に照らされる雲にむかってゆくとき、
その橙色の光が、わたしを幸せで満たします。
 


                                                                                 
それは毎回もう自分が無くなってしまってもよいのだと思えるほどの、
美しさに満たされています。
それは、恐ろしいほどの充実感であり、ある意味では死への欲望の反映かもしれません。
                                                                                                                           
300年前のあなたが、もしいま私のもとへ来てくれたなら、
私はそこへかならずあなたを連れてゆきます。
                                                                                                                         
恐らく忘れられない光景になると思いますし、
それが完全なそして毎日繰り返されている自然現象だということに、
あなたはあらためて気づかされることでしょう。
                                                                                                                               

あるいは わたしは 浮いているのです。
あるいは というのは 地に足をついて歩くということも もちろんできるからです。
浮いているというのは 心のことではありません。
そういう状態のことを いっているのです。
                                                                                                                                                           
浮いているのはなにかといえば、
それは 、浮いているのは「家」です。
ここ2312年の≪かつて東京と呼ばれていた街≫では、家は浮いているのです。

2012年2月22日

すきとおる。

きょう、久々に嬉しい日。

怪我をしてから体調が悪いのやら何やらで約3カ月間、鬱々としていた。

きょう、以前春のコートが気になっていたお店で、
対応してくれた金髪の女の子がピュアで素敵すぎて。

                                                                                    
彼女のピュアさがわたしの気持ちに新鮮な風を吹き込んだ。
                                                                                  

それは海のような青さ。

                                                                                     
彼女の瞳、その存在が海のようにすきとおっていた。


                                            
わたしは彼女のことを、すきだとおもった。
                                              

すきとおっていることは、美しいから。

                                               
すきとおっていることは価値があるから。

                                                                                わたしもすきとおりたい。彼女みたいに。   
                                                                                                                                                                                                               


これは、そのお店でコートといっしょに購入した、
ロンドンの作家さんの1点もののブローチ。
ビーズを透明の樹脂に入れ込んでいる。
2個使いしても、可愛らしい。                                                                                                                                                                  

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2012年2月28日

あの日からもうすぐ1年なんだ。

1年というのは大人になればなる程短く感じられるはずなのに、

あの日からの1年は10年くらいに感じたと言ったら大袈裟だろうか。


大袈裟かもしれないけれど、私がこの1年に考えた単純な量も、

その方向性の多様性も、何事もなかった10年分くらいは考えた、

いや考えざるをえなかったのではないだろうか。


自分も少なからず被災したのもあるけれど、

東北の状況や福島のそれとはまったくレベルが違うことを実感する。

地域差だけではなく、東京に住んでいても実家が東北の方だってたくさんいるし、

それぞれがそれぞれのレベルで精神的にも現実的な意味でも被災したのだ。

ただ、それらはあまりにもレベルの違いがあり、
同じ地域で被災したとしても状況は様々であって、
同じレベルでそれを共有することは殆んど難しいと言える。


それらすべての人たちのすべてのレベルでの3月11日があるだろう。

わたしはこの1年間、わたしの肉体と精神がそれとどう対峙してゆくべきかを考え続けていた。

1日も考えない日はなかった。

でも、恥ずかしいことに未だ「答え」は出ていない。


ひとつだけわかっている事は、自分の精神や肉体を侵してまで、

何かについて考えることはできないということだ。

健全な精神や肉体を持っている時は、誰かを助けられるかもしれない。


でも、もしそれが無いのに誰かを助けようと言う事をするのは無理だ。

そんな自分の無力さになんだか嫌気もさしてくるが、
私はまずは自分の精神を健全に保つ事を考えようとした。

それは、とても重要な事だし人間生活の根幹に関わる事だし、
まずそこから始めなければ何も達成できないと思った。


                                                                                                                        
そんな複雑な思いをかかえながらも、もうすぐあの日から1年が経つ。


私は私なりの気持ちで、その日を静かに迎えよう。

犠牲になった方々、深く心に傷を負った方々すべての人々の事を思いながら。


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