1年というのは大人になればなる程短く感じられるはずなのに、
あの日からの1年は10年くらいに感じたと言ったら大袈裟だろうか。
大袈裟かもしれないけれど、私がこの1年に考えた単純な量も、
その方向性の多様性も、何事もなかった10年分くらいは考えた、
いや考えざるをえなかったのではないだろうか。
自分も少なからず被災したのもあるけれど、
東北の状況や福島のそれとはまったくレベルが違うことを実感する。
地域差だけではなく、東京に住んでいても実家が東北の方だってたくさんいるし、
それぞれがそれぞれのレベルで精神的にも現実的な意味でも被災したのだ。
ただ、それらはあまりにもレベルの違いがあり、
同じ地域で被災したとしても状況は様々であって、
同じレベルでそれを共有することは殆んど難しいと言える。
それらすべての人たちのすべてのレベルでの3月11日があるだろう。
わたしはこの1年間、わたしの肉体と精神がそれとどう対峙してゆくべきかを考え続けていた。
1日も考えない日はなかった。
でも、恥ずかしいことに未だ「答え」は出ていない。
ひとつだけわかっている事は、自分の精神や肉体を侵してまで、
何かについて考えることはできないということだ。
健全な精神や肉体を持っている時は、誰かを助けられるかもしれない。
でも、もしそれが無いのに誰かを助けようと言う事をするのは無理だ。
そんな自分の無力さになんだか嫌気もさしてくるが、
私はまずは自分の精神を健全に保つ事を考えようとした。
それは、とても重要な事だし人間生活の根幹に関わる事だし、
まずそこから始めなければ何も達成できないと思った。
そんな複雑な思いをかかえながらも、もうすぐあの日から1年が経つ。
私は私なりの気持ちで、その日を静かに迎えよう。
犠牲になった方々、深く心に傷を負った方々すべての人々の事を思いながら。