舞台袖で見る、舞台が好きだ。
勿論、舞台袖で舞台を見るということを出来る人というのは、
限られているのだが。
舞台監督の田中 英世先生には、
小学生の頃からずっとお世話になっているが、
マース・カニングハムやローランプティの公演のみならず、
世界各国の公演を手がけていらっしゃることを知ったのは、
インターネットが普及している近年だ。
そんな田中先生と、舞台を支えるスタッフの1人として存在できる日がくるなんて、
思っても見なかったことだが、そんな日が来てしまった。
(じっさいには2度目なのだが、1度目は田中先生は総指揮をしていたので、現場で直接やりとりを進めることはなかったのだ。)
わたしはここ2年ほど、江川明スタジオ マヤバレエスクールの発表会のアナウンスをさせてもらっているのだ。
田中先生の存在は、恩師である故江川明先生を通じて知る事となった。
お父さまである田中好道先生は、旧帝国劇場に於ける日本初演のバレエ「白鳥の湖」の舞台監督であり、日本の舞台監督業の草分けである。
ずいぶん昔私が子供だった時、田中先生が御存命の頃にNHKで田中先生の特番を家族みんなで観たのを憶えている。
スタジオがリニューアルされお父様で私が初めてバレエを習った恩師竹内正夫先生から、
息子の江川明先生に事実上スタジオが受け渡されることになった10歳の時に、
画家である英世先生の奥さまの絵画教室が数回江川バレエスタジオで行われた。
それは不定期で数年続けられた。
ある年には発表会の前に、そこで使われる予定のクラシックの楽曲を流しながらそれをイメージしてそれぞれが絵を描き、
その作品を発表会の劇場のエントランスに飾るというすてきな試みをした。
田中先生がThe Pennsylvania Academy of the Fine Arts油絵科を卒業されていたことは知らなかったが、
それを知って色々な事を納得できた気がした。
江川バレエスタジオが新しくなった際に、田中先生から贈られたという絵画はとても珍しい作りで、
立体作品の要素のある絵画だった。
それは右・左の一方から見ると暖色の絵画に、反対側から見ると寒色の絵画に見える風景画だった。
子供ながらにとても印象的で、その絵を眺めるのがすきだった。
英世先生はとても紳士的で誠意があり、そのお人柄、人間性に男女問わず必ず魅了されてしまうような存在である。
そして先日の舞台袖でも、彼の監督としての素晴らしさを目の当たりにした。
幼馴染でロシアのバレエ団でソリストを務めていた経験もあるダンサーの桑原智昭は、
あの会場で発表会で、前日ではなく当日仕込みの状態でライモンダでの背景が「幕の画」ではなく「本物の幕」で行こうとしようとする監督なんて、
世界中見渡しても英世先生くらいしかいないだろう、と言っていた。
恐らく、そうなんだと思う。
いや、そんなことは抜きにしてもあの日、
舞台袖で繰り広げられていたカミワザともいえる転換や、
その場の瞬間的な判断力の素晴らしさを傍らで目撃していた私は、
一流の仕事をしている人たちの側に居られる事を、たいへん誇りに思うと同時に、
彼らに恥じないような表現をしなければならないと、心から思った。
そして、素晴らしい舞台の裏 では、表と同じだけ素晴らしい出来事がきっと起こっているのであるという想像力は、
舞台を観るという行為のもうひとつの楽しみになり得るだろう。
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