あなたのことをしっていました。
ずっとまえから。
「記憶を結晶化すると」いうことは、たぶんあなたを結晶化するという行為なのかも知れず、
それは現実とは甚だ遠いところにある、ただの。
ただの意識の中での行為にすぎず、
意識がそこに在るのだということを自ら認識するための、誰にも知られない行いに過ぎないのかも知れません。
でも、わたしは、その「結晶化」という響きを魅力的に感じているのです。
わたしはあなたとの記憶を「結晶化」してもよいですか・・・?
わたしが、普段見ているものを言葉にする時。
それは「結晶化」した言葉に変換されているかも知れません。
その、凝縮した「結晶」のなかに、
わたしのほんとうの気持ちが在るのかも知れません。
あなたが、ほんとうは私のなにも知らなくても。
コメントを残す