東京のまさに東京とも言うべき、東京駅から二重橋前にかけて見渡せるビル とその周辺の景色がすきだ。
特に平日のそれがいい。
なにも着飾っていない、その感じが。
無機質な都会の高層ビルの群れにどこかほっとするのは、
何故だろう。
理由はわからない。
けれど、東京の「高層ビル」という存在がなぜかとてもすきなのだ・
さいきんのお気に入りは、
タイのお土産のオイルとバーム。
オイルは、ユーカリプタス、ゼラニウム、バジル、ローズマリーなどのブレンドで、
すごくいい香り。リラックスとリフレッシュが同時にできてしまう感じ。
毎日オイルポットで炊きまくっています。
バームは、身体の痛い部分に塗ると筋肉痛などが緩和されるというもの。
タイガーバームは香りが苦手という人でも、
ユーカリやシナモンや複数のハーブがブレンドされたこのバームなら、
すごくいい気分になれるはず。
数か月ぶりに会う人や、数年ぶりに会う人。
そういう機会が多い。
ずっと知っていたけれど、何かが変わっている。
それは、私が変化したからなのか相手が変化したからなのか・・?
いや、生きている以上変化することは否めないので、
それは同じように変化/変質していった結果の遭遇ということになるだろう。
時間というのは、私に肉体という時間を意識させるものが存在している間は、
ひとつの間違いもなく、その一刻を刻んでゆく。
3次元内の すべての存在にとって、時間だけは平等に過ぎてゆくことになっている。
限られた時間の中で、自分がなにをしたいのかを考える。
「使命」というのは、なんとも大袈裟な言葉で、重たい言葉で、
自分には関係ないと思ったり、そこから目をそむけたいと思う人も多く存在していると思う。
それは幻想だという風にも思ったり、
だがしかし強い意志によって導かれるものだとも思っている。
でもそれは結果だけをみれば、
それをしていた人たちは必ずしも使命感を持ってしていたとは思えない。
私の感覚でいえば、それをせざるを得なかった、それを好きでしょうがなかった、
どうしようもなくそれをしたいという欲求にかられていた。
そして、いつのまにか「それ」になっていた。
そんな風に考えている。
自分の 目的をどこに置くか?はとても重要だ。
私の目的とは?
たぶん、感情のままに生きること。
それから、幸せだという気持ちの時間でいっぱいにすること。
それを実行するた めに、
どうやって時間を過ごすかを考えること。
そんな、シンプルで贅沢な時間のことかも知れない。
舞台袖で見る、舞台が好きだ。
勿論、舞台袖で舞台を見るということを出来る人というのは、
限られているのだが。
舞台監督の田中 英世先生には、
小学生の頃からずっとお世話になっているが、
マース・カニングハムやローランプティの公演のみならず、
世界各国の公演を手がけていらっしゃることを知ったのは、
インターネットが普及している近年だ。
そんな田中先生と、舞台を支えるスタッフの1人として存在できる日がくるなんて、
思っても見なかったことだが、そんな日が来てしまった。
(じっさいには2度目なのだが、1度目は田中先生は総指揮をしていたので、現場で直接やりとりを進めることはなかったのだ。)
わたしはここ2年ほど、江川明スタジオ マヤバレエスクールの発表会のアナウンスをさせてもらっているのだ。
田中先生の存在は、恩師である故江川明先生を通じて知る事となった。
お父さまである田中好道先生は、旧帝国劇場に於ける日本初演のバレエ「白鳥の湖」の舞台監督であり、日本の舞台監督業の草分けである。
ずいぶん昔私が子供だった時、田中先生が御存命の頃にNHKで田中先生の特番を家族みんなで観たのを憶えている。
スタジオがリニューアルされお父様で私が初めてバレエを習った恩師竹内正夫先生から、
息子の江川明先生に事実上スタジオが受け渡されることになった10歳の時に、
画家である英世先生の奥さまの絵画教室が数回江川バレエスタジオで行われた。
それは不定期で数年続けられた。
ある年には発表会の前に、そこで使われる予定のクラシックの楽曲を流しながらそれをイメージしてそれぞれが絵を描き、
その作品を発表会の劇場のエントランスに飾るというすてきな試みをした。
田中先生がThe Pennsylvania Academy of the Fine Arts油絵科を卒業されていたことは知らなかったが、
それを知って色々な事を納得できた気がした。
江川バレエスタジオが新しくなった際に、田中先生から贈られたという絵画はとても珍しい作りで、
立体作品の要素のある絵画だった。
それは右・左の一方から見ると暖色の絵画に、反対側から見ると寒色の絵画に見える風景画だった。
子供ながらにとても印象的で、その絵を眺めるのがすきだった。
英世先生はとても紳士的で誠意があり、そのお人柄、人間性に男女問わず必ず魅了されてしまうような存在である。
そして先日の舞台袖でも、彼の監督としての素晴らしさを目の当たりにした。
幼馴染でロシアのバレエ団でソリストを務めていた経験もあるダンサーの桑原智昭は、
あの会場で発表会で、前日ではなく当日仕込みの状態でライモンダでの背景が「幕の画」ではなく「本物の幕」で行こうとしようとする監督なんて、
世界中見渡しても英世先生くらいしかいないだろう、と言っていた。
恐らく、そうなんだと思う。
いや、そんなことは抜きにしてもあの日、
舞台袖で繰り広げられていたカミワザともいえる転換や、
その場の瞬間的な判断力の素晴らしさを傍らで目撃していた私は、
一流の仕事をしている人たちの側に居られる事を、たいへん誇りに思うと同時に、
彼らに恥じないような表現をしなければならないと、心から思った。
そして、素晴らしい舞台の裏 では、表と同じだけ素晴らしい出来事がきっと起こっているのであるという想像力は、
舞台を観るという行為のもうひとつの楽しみになり得るだろう。
たまたま写真に撮った、食したものの写真。
調布の奥まったところにある、森のギャラリーの焼きカレー。
オシレータの活動後にメンバーとデザイナーのサキエさんと。
これはベジグリーンカレー。
これは赤坂のヒョンブ食堂の最近出来た店舗の冷麺。
スープが凍っていて、すっごく美味しいの。
とても暑い日に、あゆちゃんとランチしたときに。
これは前述の青山のファーマーズマーケットで購入した、
赤と青の唐辛子と、中国由来の火を通すのに向いているきゅうりと、
玉葱と牛肉でつくったオイスター炒め。
胡麻油で炒めてお醤油をちょっと、がポイント。
父親が、朝から鰹節を削って味噌汁を作り焼き魚を焼くような家に育ったわたしは、
ずっと和食中心だったその家の食とは違ったものを作り食べてきた。
しかし大人になってからその稀な環境に気づき、
最近は和食にも興味が湧いてきた。
今や予約の取れない和食店ナンバーワンの賛否両論の笠原さんの本が出ていて欲しくなった。
笠原さんのお父様がやっていた武蔵小山の焼鳥屋に、
10年くらい前にレコード会社のKさんに連れて行ってもらった事があり、
そこは普通の焼鳥屋さんなのだがほんとうに美味しくてびっくりした。
そこで、働いていた息子の笠原さんが「今度、新しくお店を出すんですよ。」とおっしゃっていたのが、
恵比寿と広尾の間くらいにある賛否両論だった。
オープンして間もなく、伺ったら覚えてくださっていて、
とっても美味しい料理をカウンターで頂いたのを覚えている。
本を読んでいて、やはりその独創性の高さに魅了された。
ずいぶん久しぶりに賛否両論に伺ってみたいなと思っている。
日曜日に青山の国連大学前でやっている、ファーマーズマーケットにはふらっとゆきます。
あらゆる種類の有機野菜をメインに乾物や雑貨、美味しいオーガニックフード屋台が所狭しと並んでいて、非常によい雰囲気なので度々利用しています。
たとえばイメージフォーラムで映画上映まで1Hある時に、友人と空の下での遅めのランチをしたり、
野菜をつくっている方たちにめずらしい野菜の使い方の話を聞いたり・・。
普段なかなか話すことのできない生産者の方たちと直接お話ししながら、
その野菜や花や加工食品を購入するという昔の市場だったらとても普通の事を、
できる貴重な機会でもあります。
それに直売だから値段もとっても安い。
あと、ここで売っているエチオピアの薔薇もおすすめ。
発色が美しくてとても強い日本ではめずらしい薔薇です。
本日は、有機のトマト、オクラ、茄子、玉葱、かぼす、ルッコラ、きゅうり、ミョウガ等を購入しました。
それでどんなメニューにしようかと考えて、
作ったのは「鶏と青紫蘇とオクラと茗荷の冷製サラダ」と、「鮭と野菜のローズマリー焼き」。
「鶏と青紫蘇とオクラと茗荷の冷製サラダ」は、茹でた鶏もも肉(冷水につけたもの)
を手で裂いて、それに細かく刻んだミョウガ、青紫蘇、生姜、キュウリを入れて、
胡麻油と岩塩で和えたもの。
「鮭と野菜のローズマリー焼き」は、鮭と食べやすい大きさに切った玉葱、ジャガイモ、トマト、やお好みの野菜を
オリーブオイルと白ワインとローズマリーでフライパンでじっくり蒸し焼きにするだけ。
すこし焦げ付くくらいに焼きあがったら、かぼすを絞ってできあがり。
簡単ですぐできるので時間のない時にもおすすめです。
が、写真を撮るのわすれてしまった・・・!
「不思議」な出来事は日常茶飯事で、
それはもはや日常になっている。
それをいちいち説明したり報告するのは大変な労力を要するので、
しないのだけれど、わたし個人でも不思議なことは常に起きているし、
また誰かとの掛け算でそれがさらに倍増したり予期せぬ事態が起きたりして面白い。
それはだいたい良い事なので、神に感謝するしかないのだけれど、
この人といるいつも不思議なことが起きる、という人がわたしには数人いる。
どれも科学で証明できないような出来事ばかりだが、
すべて楽しいのであえて追及しないで生きている。
目に見えないものを信じている人は、
きっと同じような毎日を送っているかもしれない。
美しいものがすき。
純粋なものがすき。
ほんとうの物がすき。
匂いや気配のあるものがすき。
わたしがすきなものだけの世界のなかで。
ずっと漂っていたい。
だってわたしはその時だけ、
ふつうに呼吸ができるから。
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落ち着くまでもう少々お待ちくださいませ。
あゆちゃんのフランスのお土産2。
うさぎのパテ。
うさぎはかわいい。
うさぎには親近感がある。
これはフランスのお土産ではなくて、
ピーチのジャム。あゆちゃんより。
今年も夏が終わる。
わたしは夏が苦手なので、早く終わってくれという気持ちと、
少しだけ寂しい気持ちがあって。
プールに行きたかったのに行っていない。
花火も見ていない。
夏と言うのは、なぜか特別な季節なのは何故なんだろう。
ちょっと切ない気持ちになったり、夏の思い出が多いのは、
それが一瞬で終わってしまうからだろうか。